ユーリー・ノルシュテインさんへの質問会
今回の記事は、学校スタッフの方が書きおこしてくださいました。ノルシュテインさんの言葉をできるだけそのまま再現したものとなっております。
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12月5日(火)アート・アニメーションのちいさな学校・地下劇場で行われた特別講座の様子をお伝えします。

テーマは ノルシュテインさんはどのようにアニメーションを教えたか

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『立派な椅子はダメなんです』と用意された椅子ではなく小さな椅子にちょこんと座るノルシュテインさん。会場の「アート・アニメーションのちいさな学校・地下劇場」はつい最近完成したばかり。質問会のスタートは、完成前の劇場の姿を知るノルシュテインさんの『ファンタジーのようだ』という驚きの声でした。
『ここには学校がない』。そのひとことを発端に来春開校することになった「アート・アニメーションのちいさな学校」。氏のそのひとことからはもう5〜6年の歳月が経っています。
学校発足のきっかけをつくった氏への最初の質問はその「学校」に関してです。



【質問】学校で学ぶことの利点。独学との違いを教えて下さい。

この質問に答えるのは難しい。
というのは私は2年コースというのを受けましたけれども、監督術に関しては独学だったんです。60年代当時にソ連で刊行されたエイゼンシュテインの「六巻選集」を読みまして、これが私の学校だったんですね。これによって映画の理論、監督術、演出というものについて勉強したのです。
そのエイゼンシュテイン、映画の巨人の、理論家のエイゼンシュテインだけでなく、文化の中ではレンブラントやベラスケス、ダヴィンチがいて芭蕉がいて北斎がいますしプーシキンもいます。ですから、そうした芸術作品を机に座って、見て来たのです。
では、学校で学ぶことの利点はなんでしょうか。それは原則的に学校ではプログラムが組まれていて、プログラムに沿っていわゆる継続して学んでいく、その継続の中には必ず発展がありますよね。それは、自分で組み立てて自分でやっていくというのはなかなか難しい。
それからもう一つ学校ではプロフェッショナルな方が教えています。そしてそれは、私たちが独学で学ぶ以上にその先生方は生徒と共に勉強していくわけですが、その先生に学ぶわけですが、その道程の部分で早いということが言えます。私たちが同じようなことをしてもものすごく時間がかかる。
そしてプロフェッショナルな先生は、生徒達が学習する中でぶつかる疑問とかいうものにですね、応えてくれるでしょうし、それから、生徒達は全体をみていないですから、この世にどれだけすばらしい作品があるかを知らないから、自己満足に陥りがちなんですね、そういうときはプロフェッショナルな先生はそれを脇からとどめてくれるという非常に優れた面がありますね。
しかし、学ぶということには終わりは無いんです。一年、二年とコースを終えれば学びきったと思うのは大間違いです。北斎を考えてみてください。あの方は江戸時代にしてはものすごく長生きして、何回もペンネームを変えています。名前を変えるたびに“ここまで到達するんだ”という意志があったんですね。そのように生涯勉強しつづけました。
非常に重要なのは、この人生、この世界に対する興味、好奇心を失わないことです。

【質問】ノルシュテインさんが教える上で大切にしていきたいことは何ですか?

学生達に、興奮、というか刺激を、目覚めさせること。そういうときにそういう状態になって作っていくという、何か作品を完成していくという気持ちになってもらうことです。
これは私はほめるというよりも、絶望的に厳しく批判するんですね。だいたいもう、罵詈雑言を投げつけるということです。
これはさきほども話しましたけれど、学生達がちょっとうまくできるとすっかり自分の作品に惚れ込んでしまうんですね、そういうことを感じたら爆弾が飛びます。まあ、言葉ですけれど。暴力をふるうわけではありませんよ。

【質問】先ほど、学生の作品に対して、激しく怒ると言っていたんですけど、それは期待しているからこそなのだと思うのですが、今の日本の若い人や世界の若い人に足りないもの、アドバイスがあればお願いします。

ロシアの学生とか日本の学生とか個別のアドバイスというのはありえません。もう全てに夢中になるってことですね。さっきも言いましたけれど、自分が学ぶこと、生きている所、何かを愛したら愛に夢中になるということ、何でも夢中になることが必要ですね。
そして若いときは、若いということの特質、その中にいるということ。古代の哲学者のようになっては困りますね。
それから、非常に、啓蒙されるということが大事なんですね(日本語の啓蒙という言葉は「蒙を啓く」であまり良くなんですが、そういう意味なんです)。なぜかっていうと、芸術でも何でも歴史というものの中で人類は沢山のものを蓄積しているんですね。そういうものから学んで、自分の思想を形成するということを学ばなければなりません。それから芸術作品を評価する力を持たなければなりません。それから、文学作品もたくさん読むのは当然ですけれども、声に出して読む。声の記憶、それで、記憶しなければなりません。文学作品を。例えば、目で読むのと朗読するのと、テキストの受け入れ方が変わってくるんですね。それから、必ず、自分の存在と、周辺で起こっていること、現象、いろんなことが起こっています、社会でも自然界でもあらゆるところで。これとの自分との結びつきを作り上げる、自分が孤立しているのではなく関わっていくという、そういう能力を身につけることです。そして、芸術というのはけっして終わらない。あなた達とともにあって終わらない。始まって終わりを知らない。終わりがない。
それから仲良くすることを学ばなければなりません。自分の周辺にいる人達は兄弟なんです。一緒に力をあわせる、生き抜く、学び会う、こういうことを学ばなければなりません。
一緒にいて喜びを感じた方が良いじゃないですか。孤独にいて悲しむよりも。もう数え上げればキリがありません。たくさんありますね。言いたい事が。
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左は通訳の児島宏子さんです

【質問】5才までの記憶がないとアーティストになれないという話を以前にノルシュテインさんから聞いたのですが、それについてもう少し伺えませんか?

実は、この考え方は、私ひとりではなく多くのクリエイタ−が既に語っていることです。考えていることです。
これは自然にそういう風に思わざるを得なくなると思うんです。皆さんも覚えておられるでしょう。子供時代の時間、日々というのは今よりもずっと長いですよね。この5才までに起こったことというのはその後の成人とか大きくなってからの5年とだいぶ違うんです。非常に意味があるんです。この小さいときの5才までに起こったことは。本当にこの5年間が重要で、その後の人格形成に大きな影響を与えるのです。なぜかっていうと、ゼロから出発するわけですから、お箸の使い方から食べることから、全て学んでいくわけですから、ですから、そのことを国がもっと考えるならば、自分の国の国民がより素晴らしい国民になることを考えるならば、私は政府がこの時期をサポートするべきだと思っています。
そして、同時に、子供達に快適な、甘いものばかりを食べさせるというわけではありません。そうなったら子供はその後何ものにももなりません。
何をすべきかというと、また出てくるんですが、ペレジバーチという言葉、子供達が出会ったもの、いわゆる「経験」ですね、それを全て、しっかりとベレジバーニエする(しっかりと生きぬく)ということですね、味わい尽くす、身につけるということです。
そして芸術家と多くの人々と普通の人と言われている人との違いとは何でしょうか。普通の人以上に、とても鋭く、強く、そして広く、細部を見るということなんです。それは子供がよくすることなんです。小さいことに気がついて、一生懸命細部を見ますよね、子供は。
レオナルド・ダヴィンチという巨大な天才、この人が何を作ったか。この大地を被うくらいの丸天井を作ったんですね。で、何を描いたかとというと、葉っぱとか草とか花とか。雲がどんな風に流れるか水がどんな風に流れるか描いたんです。このテーマは全部子供達ですね。子供達は自然の中を歩くと一生懸命に草を眺めたり、そこを虫がどんな風に這うかを見たり、花を見たりするのですよね。そういう幼童性とよくいいますね、
幼童性を天才は必ず持っている。死ぬまで。私の子供時代はとっても生活が大変で、苦しくて貧しかったんです。しかし、そうではないとても安楽な何の矛盾の無い豊かな生活をした子供時代と絶対に交換したくないです。
「霧の中のハリネズミ」に犬が出てきて、ハリネズミに包みを渡しますよね。『ハッハッハッ』と言ってね。あれはどこから来たのかというと、8ヶ月くらいの頃の記憶なんですよ。でも私の母は信じてくれない。私は疎開先で生まれたんですね。戦争があって。
モスクワからみんな疎開したんです。日本もそうですね。その疎開地で生まれて、そのときちょうどむこうからバァ−ッと走ってきて、息を舌を出して『ハアッハァッハァッ』と息をする犬を見たんです。これはずっと記憶にとどまっているんですね。それがそこに出てきたんですね。それぞれの人たち、そして特に芸術家達は信じられないような細部を、子供時代の細部を、記憶していてそれを描いたり、話してくれますね。
ロシアのトルストイ王と言われている大文豪レフ・トルストイは、人の一生を2つに分けました。生まれてから5才までと、5才から死までです。この5才から死までというのは非常に長い時間ですけども、このゼロから5才まで、生まれてからの5才というのは恐ろしいほどの距離であると。ものすごい距離であると。もうものすごい巨大な距離であると。ここに全てがあるということを書いています。

【質問】幼少からの癖を教えてください。

子供のときの習慣はたった一つ、とにかく生きていることを喜ぶということです。もういつも期待を持って生きて来ました。秋が終わって冬が来ると雪が降って来て、そして中庭をノルディックスキーで遊ぶとかですね、もう絶えず期待を持って生きて来たんです。そして人生を喜ぶ、こうした雪が降るとかそういうことも自分のためという風にして、あらゆるものを受け取って来ました。

以上、質問会からの抜粋でした。
後半は質問会のあとに行われたパーティーの様子をお伝えしますね。

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後半は、学校設立に向けて日頃からお世話になっている関係者の方々をお招きしたパーティーです。45年間1000本にもおよぶCMやTV作品などを手掛けてきた日本を代表する人形アニメーター、真賀里文子さんをはじめとし、意欲溢れるアート・アニメーションのちいさな学校の先生方も出席して下さいました。パーティー会場の教室には、真賀里さんの膨大なCM作品等の中から厳選された作品が上映され、ノルシュテインさんと真賀里さんのユーモア溢れる対話に会場が湧きました。
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左からノルシュテインさん、児島さん、真賀里さん。
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写真右から、美術の市田喜一さん、アニメ監督の角銅博之さん、カメラマンの田村実さん。

アート・アニメーションのちいさな学校は、手作りのアニメーションの技術を、ちいさくてもずっと続いていくような道筋を残そうとの先生方の意欲の賜物です。他にも、多くの方々が出席し、応援の声、厳しい声、数々のメッセージを頂戴しました。

今後、開校に向けた準備にもスパートをかけることになります。
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by smallschool | 2006-12-05 10:29 | ★特別講座
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2007年4月開校までの道のりをつづっていきます。

【アート・アニメーションのちいさな学校HP】

↓開校してからの学校日記です↓
【アート・アニメーションのちいさな学校だより】
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